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兵庫県下における昭和期の口承文芸(昔話)・方言資料収集史の分析及び昔話・方言資料活用についての研究


SDGs    


活動対象・地域 兵庫県全域  


主な連携先(協力団体)等


連携時期 2020年7月~2022年3月 


連携活動の目的 

兵庫県下の口承文芸(昔話・伝説等)の研究史についての知見を深め、それらを教育活動に換言していこうとする取り組みを志した。そこでは「方言」を核として文化(「口承文芸」等)に伸びていく方向と自然(昆虫等)に伸びていく方向とがあったが、それらを束ねていたのが柳田國男という研究主体だった。この知見は現在の「主体的、対話的で深い学び」につながる可能性があると考えた。  


活動概要

地域資源としての「自然←方言→文化」教育                        

高木史人・山口豊

 

(研究題目「兵庫県下における昭和期の口承文芸 (昔話)・方言資料収集史の分析及び昔話・方言資料活用についての研究」)

※以下は、2021年12月20日に行なわれた地域社会連携協議会での発表内容に基づき、原稿化したものである。

 

一、研究の経緯並びに方法

2020年から2箇年計画で進めてきた本研究であるが、当初予定していたフィールドワークによる資料発掘が、予期しない事態により進行できなかったことは残念であるが、社会科学には非接触的方法、サーベイ、実験、フィールドワークと大きく4つの方法があるがそのそれぞれが長所と短所とを併せ持っているので、それらの長短を見据えて組み合わせるトライ・アンギュレーションが重要との指摘(佐藤郁哉『フィールドワーク』1992)に基づき、前述のフィールドワークができないことを補う手段の一つとして「非接触的方法」の比重を大きくし、併せて対人的に行なうフィールドワーク(ここでは聴き書き)に代わり対自然的に行なうフィールドワーク(自然観察)を取り入れて、本研究を進めることにした。

 

二、研究の目的

本研究のねらいは、日本民俗学を創始した柳田國男が兵庫県出身であり、また、民俗学の大きな領域の一つとして口承文芸(昔話など)があるにも関わらず、たとえば西の岡山県や広島県、あるいは京都府などに比べても資料収集のようすが充分に知られてこなかった。みぎの状況を踏まえて、兵庫県下の口承文芸資料の蓄積を確認する作業を行ない、特に柳田國男が昔話研究に熱心だった昭和初期(1928年~1930年代)の兵庫県下の様相について非接触的技法及び対人的フィールドワークとを組み合わせて詳細に調べていこうというものであった。

その際に、口承文芸・昔話研究が一つ孤立してあるのではなく、それは〈採集〉というキーワードによって、〈採集〉を必要とする方言研究や昆虫研究等と連携して進められていった経緯を兵庫県下でも確認したいと思った(参考/高木史人編著『〈採集〉という連携』(2017年)では広島県での結城次郎と磯貝勇との研究を中心に取り上げた)。

柳田國男の取った方法は、じぶんの読者を資料採集者として活用することだった。資料を多く集めるにはさまざまな採集技術を持った人をつなぎ合わせる必要があった。その接着剤の役割を果たしたメディアが雑誌であり、素材としては「方言」(語彙)があった。たとえば昆虫研究の黎明期にあっては昆虫採集が必要であり、そのためには土地ごとの昆虫の通称(方言)を知る必要がある。蝸牛、蟷螂、蛭など、虫偏の生き物の名前を集めたのは、当時の昆虫研究の動向(松村松年の研究など)と大きく関わっていたと考える。虫を間に置けば、虫の食草(植物)、虫を食べる鳥類等との関連も深まる。このようにして数珠玉のように〈方言〉を仲立ち(メディア)として読者をつなぎ合わせ、資料収集のネットワークを作り上げていった。

 

三、兵庫県下の日本方言学会設立時の会員(1941年)あるいは高田十郎と井口宗平と

その収集ネットワークの一つに昔話等の口承文芸もあり、その多くが小学校教員であったことも現在では分かっている。それらの〈採集〉事業がまとまり、1941年に日本方言学会が設立され、初代会長に柳田國男が就任した。その名簿を入手したので調べてみると、兵庫県下では2ページのような人々が会員として参加している。ここでは名前と住所とを投影するに止めるが、この名簿に見える人々がどのような広がりを持って方言を集めていたかは、個々の郷土資料の発掘や遺族へのフィールドワークなどによって追究して行くことが、郷土研究の新しい発掘資料をもたらすことになると思われる。当会場においでの方でご存じの方がいらしたら、ぜひご教示をいただきたい。
方言研究と昔話研究とを併せて調べていた一人として高田十郎(現相生市出身)を紹介しておく。これについては『口承文芸研究』33号(2010年)に著したので、QRコードで日本口承文芸学会HPでの公開資料をダウンロードしてごらんいただきたい。
また、方言研究と昔話研究と昆虫研究とを併せて行なっていた井口宗平(現上月町出身)については、佐用町出身で佐用郡の久崎、佐用、平福で中学校教員を務め、後に県立伊丹高校、市立芦屋高校教員を経て、山梨大学教育学部に転じ、研究半ばに倒れた庵逧巌(あんざこ・いわお)による昔話研究への紹介がある(庵逧巌『国語科教育学の性格』1981)。井口は昔話資料、方言資料、昆虫資料とそれぞれに優れた〈採集〉記録を出していることで、特筆に値する。

 

四、対自然的フィールドワークからの広がり

ここで方法を変えよう。

自ら対自然的フィールドワークを行い、そこからどのように人脈が広がるか、実験を試みた。神戸市内の河川を六甲山麓から河口付近まで約3キロ、毎日、カメラを片手に昆虫や植物等を撮影しながら記録をした。6月2日、見慣れない蝶を撮影した。兵庫県立人と自然の博物館に連絡して教示を乞い、併せて、旧佐用郡久崎村長を務めた井口宗平の昆虫研究の足跡について尋ねたところ返答メールがあり、蝶は神戸市東灘区では2例めの報告となる南方系のミカドアゲハであることと、昆虫研究誌を捜索したところ、井口宗平の事跡は知りうるところで以下の通りであるということであった。

井口は小学校卒業後家業の農業を営むが、害虫のことを調べるために岐阜県の名和昆虫研究所に数年を過ごした。やがて松村松年の知遇を得て、3000余種の標本を作成し、また、30種余りの新種を発見していた(なお、松村松年は明石市出身の松村は日本に生息する昆虫の命名法(和名)を創案した研究者であり、長く北海道帝国大学教授を務め、日本昆虫学会の会長職にあった)。

 

五、昔話/伝説

昔話と伝説とが全く反対の性質を持っているという柳田國男(おそらくその大元にはヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム)の説は2020年12月の地域連携協議会において説明したので、これを下敷きに新しい話題を提供したい。

 

六、高田十郎の「播州小河地方の昔話(百則)」(1932)V.S辰井隆『武庫川 六甲山 附近口碑傳説集(兵庫県・神戸市及び武庫・河邊・有馬郡)』(1941)

語り口を方言で記録した高田十郎の昔話採集資料。

粗筋を記述しつつ、地図を添えて場所を明示する辰井隆の伝説採集資料。

この二書を比較すると昔話と伝説との相違が明確になると思われる。

 

前者については、昨年も紹介したので置くとして、今回は辰井隆の謄写版伝説集を紹介する。本書は京都大学人文科学研究所の菊地暁さんのご教示により、その存在を知った。詳しくは菊地暁「〝ハガキ職人系〟民俗学者の奔放:宝塚文芸図書館員・辰井隆について分かったこと」(『近代出版研究所報』創刊号、2022年3月、皓星社刊)に掲載されたので、詳しくはそれに拠られたい。昭和16年段階で当地の伝説を調べて記述している人がいたということである。

本研究は、このように今年度は非接触的方法と対自然的方法とを組み合わせた(対人的フィールドワークについては断念せざるをえなかったが、今回、辰井の資料を紹介したのは、当HPを御覧で当地の歴史に明るい方が、この人ならば知っている、という情報が入るかも知らないと思ってのことである。特に丹波の旧氷上郡柏原(かいばら)辺りの昔話を報告した天野真弓についてご存じの方がいらしたらぜひご一報をお願いしたい。

 

七、対自然的フィールドワークから

最後に対自然的フィールドワークから気づいたことをいくつか述べる。

① 大学付近では大学の北東の岡太神社にはいくつかの「伝説」が掲示板によって知られるが、掲示板には「昔語」と記されていることを注意しておきたい。

② 鳴尾八幡神社であるが、ここでは歌枕の鳴尾の松が文学史上は重要だが、生物では社殿に向かう参道途中の池にヤブヤンマという在来種のヤンマが産卵しているのを確認した(写真下右)。ヤブヤンマの産卵は水面ではなく、水面よりも上に生えている苔にするが、掃除で苔を取り払っていた。一方、池にはミシシッピアカミミガメ(俗称・緑亀)という特定外来生物もいたが、こちらは大事にされているようだった。このような場合、どのようにしてヤブヤンマの保護について、地元の方と連携し、認識を共有するかは難しい課題に思われる。

③某所でふんわりと飛ぶアゲハを見たが、腹部に赤色を認められた。そこで、周囲を探すと食草のウマノスズクサも認められ、幼虫も確認できた。ウマノスズクサは有毒であり、それを食するジャコウアゲハも有毒のため、天敵からは逃れられるが、ウマノスズクサは減少しており、また希少種として人間に捕獲されることも多いので、現在、個体数の減少が危惧されているジャコウアゲハである。これらをどのように保護するかも難しい問題である。(2022年3月蛹(オキクムシ)として越冬中であることも確認した。

 

以上、私は昔話や伝説を求めて歩いている研究者だけれども、このように興味の幅を広げて歩くことにより、異なる領域とも連携(文理融合、総合的な学習)していけることを、対人的フィールドワークができないために、却って学ぶことのできた二年間であった。

このような経験を児童・生徒の「主体的・対話的で深い学び」等を考えるためのヒントとして学生に伝えたいと考えている。

※なお、これらを学生に具体的に伝えようとした実践例(「観察する子どもと信仰する大人とが昔話を生んだ」)のQRコードを紹介する。

   


写真等   


活動の成果  

①「昔話」(口承文芸)研究が、方言研究を媒介して、昆虫研究という理系研究者と連携して行なわれてきたという研究史をたどることができた。

②研究史を確立したことにより、現在の学校教育等で課題とされている「主体的、対話的で深い学び」という大きな課題にアプローチするために「昔話」(口承文芸)研究が機能しうる可能性を示すことができた。

③これらの方法的先駆に、兵庫県出身の柳田國男、高田十郎、井口宗平らの活躍が再評価されることになると思われること。郷土研究上に再評価されるべき人々が存在することを確認しうること。

④天野真弓や辰井隆等「忘れられた民俗学者」の事跡を一定程度掘り起こし得たこと。 


今後の活動・目標   

①学生がこれらの郷土研究の重要性(地域アイデンティティを自らの「気づき」によって深めることの重要性)を主体的、対話的に深く自覚するための方法の確立。

②地域の人々にフィールドワーク(聴き書き)を行ない記録にとどめること(コロナ禍のため、できなかった)。

③地域の人々へのフィードバックをしっかりと行なうための方法の確立。


教員業績   

教育学科 高木 史人

教育学科 山口 豊

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